メタクリル酸ブチルのラット及びマウスを用いた吸入投与によるがん原性試験結果の概要
【ラット】
メタクリル酸ブチルのがん原性を検索する目的でF344/DuCrlCrljラットを用いた吸入による2年間(104週間)の試験を実施した。
本試験は、被験物質投与群3群と対照群1群の計4群の構成で、各群雌雄とも50匹とし、合計400匹を用いた。被験物質の投与は、メタクリル酸ブチルを1日6時間、1週5日間で104週間、動物に全身暴露することにより行った。投与濃度は、雌雄とも0(対照群)、30、125及び500ppmとした。観察、検査として、一般状態の観察、体重及び摂餌量の測定、血液学的検査、血液生化学的検査、尿検査、解剖時の肉眼的観察、臓器重量測定及び病理組織学的検査を行った。
メタクリル酸ブチル投与の結果、動物の生存率は、雄の500ppm群で低下が認められたが、雌では対照群と比較して差を認めなかった。一般状態では、雌雄ともメタクリル酸ブチル投与の影響と考えられる所見の増加は認められず、体重は雌雄の500ppm群で投与期間を通して低値傾向で推移した。摂餌量は、雄の500ppm群で投与終期に、雌の500ppm群で投与中期以降に低値が散見された。また、雄の125ppm群では投与中期に、雌の30ppm群と125ppm群では投与初期から中期にかけて高値が散見された。
病理組織学的検査の結果、雄における脾臓の単核球性白血病の発生が、対照群、30ppm群、125ppm群、500ppm群でそれぞれ、8匹、8匹、11匹、14匹に認められ、群間比較では有意差はないものの、Peto検定で有意な増加を認めた。単核球性白血病により死亡した動物(Peto検定致死腫瘍例)は、対照群5匹に対して500ppm群11匹であり、この6匹の増加による500ppm群における生存率の低下がPeto検定の判定に反映されたものと考えられた。脾臓の単核球性白血病は、F344ラットに好発する自然発生腫瘍の一つであり、本試験における対照群の発生数は、直近10年間(13試験)のヒストリカルコントロールデータでは2〜7匹/50匹、全ヒストリカルコントロールデータ(67試験)では、1〜11匹/50匹であり、対照群における発生率はヒストリカルコントロールデータの範囲内にとどまっていると判定した。一方、500ppm群における発生率はヒストリカルコントロールデータの範囲を超えた値であった。以上の結果より、雄の脾臓の単核球性白血病の発生増加は、メタクリル酸ブチルのラットに対するがん原性を示唆する証拠(some evidence)と考えられた。なお、雌では腫瘍の発生増加は認められなかった。
非腫瘍性病変としては、雌雄の鼻腔と雄の骨髄に影響がみられた。雌雄の鼻腔では、呼吸上皮の扁平上皮化生、嗅上皮の萎縮、再生、基底細胞過形成及び色素沈着が認められ、このうち嗅上皮の萎縮と色素沈着は、30ppm群から発生増加がみられた。また、雄の骨髄で造血亢進の発生増加が125ppm以上の群でみられた。
以上のように、F344/DuCrlCrljラットを用いて、メタクリル酸ブチルの2年間(104週間)にわたる吸入によるがん原性試験を行った結果、1)雄ラットに対するがん原性を示唆する証拠が得られた(some evidence of carcinogenic activity)、2)雌ラットに対するがん原性を示す証拠は得られなかった(no evidence of carcinogenic activity)と結論された。
メタクリル酸ブチルのがん原性試験における主な腫瘍発生(ラット 雄)
| 投 与 濃 度 (ppm) | 0 | 30 | 125 | 500 | Peto 検定 | Cochran- Armitage 検定 |
検査動物数 | 50 | 50 | 50 | 50 | | |
|
上皮系腫瘍 |
肺 | 細気管支-肺胞上皮腺腫 | 3 | 3 | 3 | 3 | | |
膵臓 | 島細胞腺腫 | 5 | 6 | 3 | 4 | | |
島細胞腺癌 # | 0 | 2 | 4 | 1 | | |
精巣 | 間細胞腫 | 43 | 48 | 44 | 48 | ↑ | |
前立腺 | 腺腫 | 3 | 1 | 0 | 2 | | |
下垂体 | 腺腫 | 11 | 5 | 10 | 4* | | |
副腎 | 褐色細胞腫 | 5 | 4 | 3 | 4 | | |
甲状腺 | C-細胞腺腫 | 7 | 9 | 4 | 8 | | |
C-細胞癌 # | 4 | 4 | 2 | 3 | | |
皮膚 | 角化棘細胞腫 | 4 | 0 | 1 | 0 | | |
非上皮系腫瘍 |
皮下組織 | 線維腫 | 4 | 5 | 3 | 6 | ↑ | |
脾臓 | 単核球性白血病 # | 8 | 8 | 11 | 14 | ↑↑ | |
メタクリル酸ブチルのがん原性試験における主な腫瘍発生(ラット 雌)
| 投 与 濃 度 (ppm) | 0 | 30 | 125 | 500 | Peto 検定 | Cochran- Armitage 検定 |
検査動物数 | 50 | 50 | 50 | 50 | | |
|
上皮系腫瘍 |
肺 | 細気管支-肺胞上皮腺腫 | 2 | 0 | 1 | 3 | | |
下垂体 | 腺腫 | 8 | 9 | 7 | 9 | | |
腺癌 # | 1 | 3 | 1 | 3 | | |
甲状腺 | C-細胞腺腫 | 4 | 3 | 9 | 6 | | |
C-細胞癌 # | 0 | 0 | 2 | 2 | | |
C-細胞腺腫+C-細胞癌 # | 4 | 3 | 11* | 8 | | |
乳腺 | 線維腺腫 | 6 | 4 | 6 | 9 | ↑ | |
陰核腺 | 腺腫 | 3 | 0 | 2 | 0 | | |
非上皮系腫瘍 |
子宮 | 子宮内膜間質性ポリープ | 10 | 3* | 4 | 6 | | |
脾臓 | 単核球性白血病 # | 5 | 8 | 9 | 6 | | |
#:悪性腫瘍 | | |
*: p≦0.05で有意 | **: p≦0.01で有意 | (Fisher検定) |
↑: p≦0.05で有意増加 | ↑↑: p≦0.01で有意増加 | (Peto, Cochran-Armitage検定) |
↓: p≦0.05で有意減少 | ↓↓: p≦0.01で有意減少 | (Cochran-Armitage検定) |
【マウス】
メタクリル酸ブチルのがん原性を検索する目的でB6D2F1/Crlマウスを用いた吸入による2年間(104週間)の試験を実施した。
本試験は、被験物質投与群3群と対照群1群の計4群の構成で、各群雌雄とも50匹とし、合計400匹を用いた。被験物質の投与は、メタクリル酸ブチルを1日6時間、1週5日間で104週間、動物に全身暴露することにより行った。投与濃度は、雌雄とも0(対照群)、8、30及び125ppmとした。観察、検査として、一般状態の観察、体重及び摂餌量の測定、血液学的検査、血液生化学的検査、尿検査、解剖時の肉眼的観察、臓器重量測定及び病理組織学的検査を行った。
メタクリル酸ブチル投与の結果、動物の生存率は、雄の8ppm群と125ppm群で低下が認められ、8ppm群では試験早期での死亡がやや多かった。なお、雌では対照群と差を認めなかった。一般状態では、雌雄ともメタクリル酸ブチル投与の影響と考えられる所見の増加は認められなかった。体重は、雄の125ppm群で投与初期から終期にかけて有意な増加抑制が認められ、投与期間を通して対照群より低値傾向で推移した。また、雌の125ppm群では投与初期と中期に有意な増加抑制が認められた。摂餌量は、雄の125ppm群で投与期間の多くの週で低値がみられ、雌の125ppm群では投与期間初期から中期にかけて低値が散見された。
病理組織学的検査の結果、雄では肝臓に肝細胞腺腫の発生が、対照群、8ppm群、30ppm群、125ppm群でそれぞれ、23匹、27匹、30匹、24匹に認められ、Peto検定で有意な増加を認めた。肝細胞腺腫と肝細胞癌を合わせた肝細胞腫瘍の発生は、Fisher検定で30ppm群に有意な増加を示した。125ppm群では体重の増加抑制により腫瘍の発生が抑制されたと考えられた。従って、雄マウスでは肝細胞腫瘍(肝細胞腺腫+肝細胞癌)の発生はメタクリル酸ブチルのマウスに対するがん原性を示唆する証拠(some evidence)と考えられた。また、雄の全臓器の組織球性肉腫を合わせた発生が、Peto検定で有意な増加を示した。雌では下垂体前葉腺腫の発生が、Peto検定で有意な増加を示したが発生増加は僅かであり、前葉腺癌の発生、前葉腺腫と前葉腺癌を合わせた発生及び前腫瘍変化と考えられる前葉の過形成の発生に有意な増加は認めなかった。また、雌の全臓器の血管肉腫を合わせた発生が、Peto検定で有意な増加を示したが、血管腫の発生増加は認められなかった。これらの腫瘍の発生はB6D2F1/Crljマウスのヒストリカルコントロールデータと同程度であった。以上より、雄の全臓器の組織球性肉腫を合わせた発生、雌の下垂体前葉腺腫の発生及び全臓器の血管肉腫を合わせた発生はマウスに対するがん原性を示す不確実な証拠(equivocal evidence)と考えられた。
非腫瘍性病変としては、雌雄の鼻腔及び鼻咽頭、雌の脾臓、胃及び子宮に影響が認められた。雌雄の鼻腔では、嗅上皮の萎縮、再生、呼吸上皮化生及びエオジン好性変化の発生増加が認められた。なお、エオジン好性変化は、呼吸上皮及び鼻咽頭上皮にもみられた。また、呼吸上皮化生は固有層の腺組織にも認められた。このうち嗅上皮の再生は、雌雄の最低濃度の8ppm群から発生増加がみられた。更に雌では、脾臓で濾胞の過形成の程度の増強、及びヘモジデリン沈着の増加、胃で腺胃に過形成の程度の増強、子宮では腺の過形成の発生増加がみられた。
以上のように、B6D2F1/Crlマウスを用いて、メタクリル酸ブチルの2年間(104週間)にわたる吸入によるがん原性試験を行った結果、1)雄マウスに対するがん原性を示唆する証拠が得られた(some evidence of carcinogenic activity)、2)雌マウスに対するがん原性を示す不確実な証拠が得られた(equivocal evidence of carcinogenic activity)と結論された。
メタクリル酸ブチルのがん原性試験における主な腫瘍発生(マウス 雄)
| 投 与 濃 度 (ppm) | 0 | 8 | 30 | 125 | Peto 検定 | Cochran- Armitage 検定 |
検査動物数 | 50 | 50 | 50 | 50 | | |
|
上皮系腫瘍 |
肺 | 細気管支-肺胞上皮腺腫 | 7 | 5 | 8 | 3 | | |
細気管支-肺胞上皮癌 # | 2 | 5 | 3 | 3 | | |
肝臓 | 肝細胞腺腫 | 23 | 27 | 30 | 24 | ↑ | |
肝細胞癌 # | 12 | 13 | 16 | 10 | | |
肝細胞腺腫+肝細胞癌 # | 32 | 33 | 41* | 31 | | |
膵臓 | 島細胞腺腫 | 1 | 2 | 3 | 0 | | |
ハーダー腺 | 腺腫 | 4 | 4 | 4 | 3 | | |
非上皮系腫瘍 |
肝臓 | 血管腫 | 4 | 3 | 2 | 0 | | |
全臓器 | 組織球性肉腫# | 0 | 1 | 1 | 3 | ↑ | |
肝臓 | 〃 | 0 | 0 | 1 | 1 | | |
精巣上体 | 〃 | 0 | 0 | 0 | 1 | | |
腹膜 | 〃 | 0 | 0 | 0 | 1 | | |
皮下組織 | 〃 | 0 | 1 | 0 | 0 | | |
メタクリル酸ブチルのがん原性試験における主な腫瘍発生(マウス 雌)
| 投 与 濃 度 (ppm) | 0 | 8 | 30 | 125 | Peto 検定 | Cochran- Armitage 検定 |
検査動物数 | 50 | 50 | 50 | 50 | | |
|
上皮系腫瘍 |
肺 | 細気管支-肺胞上皮腺腫 | 2 | 3 | 2 | 1 | | |
肝臓 | 肝細胞腺腫 | 7 | 6 | 10 | 6 | | |
卵巣 | 嚢胞腺腫 | 1 | 2 | 1 | 4 | | |
下垂体 | 腺腫,前葉 | 3 | 1 | 4 | 6 | ↑ | |
腺癌,前葉 # | 0 | 1 | 0 | 0 | | |
腺腫,前葉+腺癌,前葉 # | 3 | 2 | 4 | 6 | | |
ハーダー腺 | 腺腫 | 2 | 0 | 0 | 3 | | |
非上皮系腫瘍 |
子宮 | 組織球性肉腫 # | 5 | 5 | 8 | 10 | | |
全臓器 | 悪性リンパ腫 # | 11 | 12 | 10 | 7 | | |
リンパ節 | 〃 | 9 | 9 | 10 | 6 | | |
脾臓 | 〃 | 2 | 3 | 0 | 1 | | |
全臓器 | 血管肉腫 # | 1 | 2 | 2 | 4 | ↑ | |
肝臓 | 〃 | 0 | 1 | 0 | 1 | | |
子宮 | 〃 | 0 | 0 | 1 | 0 | | |
骨髄 | 〃 | 0 | 0 | 0 | 1 | | |
脾臓 | 〃 | 1 | 0 | 0 | 2 | | |
腹膜 | 〃 | 0 | 0 | 0 | 1 | | |
後腹膜 | 〃 | 0 | 0 | 0 | 1 | | |
皮下組織 | 〃 | 0 | 1 | 1 | 1 | | |
#:悪性腫瘍 | | |
*: p≦0.05で有意 | **: p≦0.01で有意 | (Fisher検定) |
↑: p≦0.05で有意増加 | ↑↑: p≦0.01で有意増加 | (Peto, Cochran-Armitage検定) |
↓: p≦0.05で有意減少 | ↓↓: p≦0.01で有意減少 | (Cochran-Armitage検定) |