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アーク溶接
1 アーク溶接とは
アーク溶接とは、溶接方法の一つで、空気(気体)中の放電現象(アーク放電)を利用し、同じ金属同士をつなぎ合わせる溶接法です。母材と電極(溶接棒、溶接ワイヤ、TIGトーチ等)の間に発生させたアークによってもたらされる高熱で母材および溶加材(溶接ワイヤ、溶接棒)を溶融させて分子原子レベルで融合一体化する接合法であり接着とはまったく異なる方法です。
アーク溶接には、被覆アーク溶接、ガスシールドアーク溶接(テイグ、ミグ、マグ溶接)、サブマージアーク溶接、セルフシールドアーク溶接、エレクトロガスアーク溶接等があります。
2 アーク溶接作業に係る主要な労働災害
アーク溶接作業に係る労働災害の主要なものは次のとおりです。
- [1]感電による危害
- [2]粉じんを吸い込むことによる危害
1.じん肺
2.がん
- [3]アーク光・熱による危害
3 アーク溶接作業に係る労働災害防止対策
(1)溶接棒ホルダ
- アーク溶接で溶接棒を保持して電流を通じる手溶接の器具で、その種類、電撃の防護及び品質などについては、JIS C 9300-11:2008で規定されています。一方、労働安全衛生規則第331条に、事業者は“アーク溶接等(自動溶接を除く)の作業に使用する溶接棒等のホルダ−については、感電の危険を防止するため必要な絶縁効力及び耐熱性を有するものでなければ、使用してはならない。”と規定しています。
(2)交流アーク溶接機用自動電撃防止装置
- アーク溶接作業による電撃災害は、溶接作業休止時の溶接機出力(二次)側の無負荷電圧の高さに起因することが多いです。交流アーク溶接機の二次無負荷電圧は、JIS C 9300-1(アーク溶接電源)で、安全を考慮して定格出力500Aのものが95V以下に、300A及び400Aのものが85V以下と規定されています。しかし、この無負荷電圧でも電撃の危険性が高いので対策が必要となります。そのための装置が“交流アーク溶接機用自動電撃防止装置”です。
- 平成23年6月1日技術上の指針公示第18号において、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第28条第1項の規定に基づき、交流アーク溶接機用自動電撃防止装置の接続及び使用の安全基準に関する技術上の指針が公示されました。
[2]粉じんを吸い込むことによる危害防止(じん肺)
アーク溶接のヒューム等の粉じんのうち、微細な粉じんは肺の奥深くの肺胞にまで入り込み、そこに付着します。これらの粉じんを吸い続けると、肺内では、線維増殖が起こり、肺が固くなって呼吸が困難となります。これが、「じん肺」です。じん肺の新規有所見者は減少傾向にあるものの、依然として新規有所見者が発生しており、そのなかでも業種別では、金属製品製造業、機械器具製造業、作業別では、岩石・鉱物・金属研磨等作業やアーク溶接作業に係る作業者の占める割合が以前と高い割合となっている状況です。
(1)局所排気装置、プッシュプル型換気装置等による作業環境の改善
- 屋内でのアーク溶接作業を行う場合、事業者は、粉じん障害防止規則第5条に基づき、全体換気装置による換気の実施又はこれと同等以上の措置を講じなければならないとされています。また、粉じん障害防止規則第6条粉じん対策では、この同等以上の措置である局所排気装置、プッシュプル型換気装置、ヒューム吸引トーチの装置などの粉じんの発散防止対策を推進し、作業環境の改善を図ることを求めています。
(2)呼吸用保護具の適正な選択、使用及び保守管理の推進
- アーク溶接作業を行う場合は、事業者は、粉じん障害防止規則第27条に基づき、有効な呼吸用保護具を労働者に使用させなければならないとされ、労働者は、粉じん障害防止規則第27条第2項により、呼吸用保護具の使用を命じられたときは、当該呼吸用保護具を使用しなければならないとされている。なお、局所排気装置、プッシュプル型換気装置、ヒューム吸引トーチ等の措置であって、アーク溶接作業に係る粉じんの発散を防止するために有効なものを講じたときは、その呼吸用保護具の使用義務が免除されています。
- さらに、呼吸用保護具のうち防じんマスクについては、労働安全衛生法第44条の2に基づく型式検定に合格しているものを使用しなければならないとされ、電動ファン付き呼吸用保護具については、日本工業規格T8157に定める電動ファン付粉じん用呼吸用保護具である必要があります。オゾンについて濃度基準値を超える懸念があることから、必要に応じ防じん機能付き防毒マスク等を着用することが望まれます。
- また、呼吸用保護具については、その適正な選択、使用等が重要であり、平成17年2月7日付け基発第0207006号「防じんマスクの選択、使用等について」に具体的な留意事項がまとめられているため、作業者に対して周知する必要があります。
じん肺の他、ヒュームばく露は、肺がんの原因となります。次項に述べるアーク光の影響も併せて国際がん研究機関(IARC)は、溶接ヒューム及び溶接におけるアーク光がヒトへの発がん性あり(グループ1)と分類しています。また、溶接ヒュームに含まれる酸化マンガン(MnO)について神経機能障害、三酸化二マンガン(Mn2O3)について神経機能障害、呼吸器系障害があることが指摘されています。そのため、「金属アーク溶接等作業」(金属をアーク溶接する作業、アークを用いて金属を溶断し、又はガウジングする作業その他の溶接ヒュームを製造し、又は取り扱う作業)で発生する溶接ヒュームは特定化学物質に指定されており、労働安全衛生法令で以下の対策が必要とされています。
(1)溶接ヒュームの濃度測定(個人ばく露測定)
- 溶接ヒュームに係る個人ばく露測定の結果得られたマンガン濃度の最大の値(C)(単位:mg/m3)を0.05で割った値を要求防護係数として算定し、要求防護係数が1以上の場合には、換気装置の風量の増加その他必要な措置を講じ、措置を講じた場合には再度個人ばく露測定を行う。
(2)呼吸用保護具の使用
- (1)で算出した「要求防護係数」より数値の大きい「指定防護係数」の呼吸用保護具を選択する。
(3)フィットテスト
- 1年に1回、呼吸用保護具が作業者の顔に適合しているかどうかを確認する。
(4)特定化学物質作業主任者(金属アーク溶接等作業主任者)の選任
- アーク溶接時に発生するアーク光には、強い紫外線および可視光が含まれており、眼に対する障害(電気性眼炎、白内障)や皮膚がんの原因となります。また、アーク溶接作業時には溶融した高温の金属、溶加材等がスパッターとして飛散します。
- 溶接作業時には皮膚の露出をさけ、燃えにくい素材である適切な作業衣、および耐火エプロンなどを着用し、眼と顔を保護するために適切な遮光性能を有する溶接面を使用します。作業主任者は、適切に作業を行えるよう、労働者の指揮を行うことや、保護具の使用状況の監視などが求められます。有資格者は、特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習修了者に加え、金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習の修了者も対象となります。
4 法令改正
令和2年4月に特定化学物質障害予防規則・作業環境測定基準等の改正(塩基性酸化マンガンおよび溶接ヒュームに係る規制の追加)がなされました。
5 関連資料(法令、通達、ガイドラインなど)