あふれた液体窒素が気化し、窒素ガスにより室内の空気が置換されたことによる酸欠死
業種 | その他の教育研究業 | |||||
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事業場規模 | − | |||||
機械設備・有害物質の種類(起因物) | 異常環境等 | |||||
災害の種類(事故の型) | 有害物等との接触 | |||||
被害者数 |
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発生要因(物) | ||||||
発生要因(人) | ||||||
発生要因(管理) |
No.856
発生状況
災害が発生したのは、光素子、極限LSI、新素子等の研究開発を行っている研究所である。被災者の研究員は、MBE成長装置(ガスソース分子線エピタキシ成長装置)の調整を行っていた。この装置には、液体窒素を充填した100lデュワー瓶(液体窒素等を一時的に貯蔵するための一種の魔法瓶)を接続して稼働させるようになっている(図)。災害発生当日の被災者の作業は、MBE成長装置の真空系の調整の立ち会いと、研究レポートの作成であった。被災者は午前9時30分に出勤し、居室で研究レポートの作成を行っていた。その後、MBE成長装置の真空系の調整のため被災者が依頼したN社の作業者Iが到着したので挨拶を交わしたが、特に打ち合わせは行われず、IはMBE成長装置の置かれている実験室で作業を開始した。
午後2時ごろ、被災者は、空の液体窒素デュワー瓶に液体窒素を充填する作業を開始した。MBE成長装置には既に液体窒素デュワー瓶が接続されていたが、通常1本予備のデュワー瓶を用意しているため、この充填作業を行ったものと思われる。
液体窒素の充填作業は、実験室に隣接した小実験室に液体窒素貯蔵タンクからの配管がきているため、デュワー瓶を液体窒素の供給口のある小実験室に移動して行った。まず、デュワー瓶の上部にある液充填口の蓋を取り、液体窒素充填用の金属管を液充填口に挿入し、液体窒素供給操作盤のスタートスイッチを押して行う。充填終了まで約15分かかるため、被災者は小実験室を離れた。その後、被災者は午後4時まで居室で研究レポートの作成を行っていた。
午後4時ごろ、被災者は実験室に真空度チェックの様子を確認にきたIとデータを見ていたが、4時45分ごろ、被災者は液体窒素の充填を行っていたことを思い出し、急いで1人で小実験室へ行った。
小実験室内はデュワー瓶からあふれた液体窒素が気化し、酸欠状態であった。被災者は液体窒素供給操作盤のストップスイッチを押したが酸欠で意識を失った。
Iは、被災者の姿が見えなかったが、装置の真空系の調整作業が終了したので、同僚の研究員に話をして帰った。同僚研究員も被災者を捜したが、見つからないので帰宅した。翌日、被災者の妻より連絡があり、再び捜したところ小実験室内で倒れている被災者が発見されたが、既に死亡していた。
小実験室は、換気設備がなく、東西中央に非常口のドアが2カ所あるが、災害時は閉まっていた。室の床面積は86m2、高さ3mで、気積は258m3である。また、液体窒素供給口からの流量は、約10l/minである。後日、当該研究所が実施した酸欠事故再現実験の結果によると、室内の酸素濃度が最も低い地点での酸素濃度と経過時間は、18%、18分、10%、50分、6%、80分となっており、2時間45分経過後(災害時)では、酸素濃度は3%以下となっている。
なお、被災者は入社時に、職場における安全知識、実験室・クリーン・ルーム・諸設備等の説明を受けている。また、事業場としても定期的に安全点検、防災訓練、実験室個別防災訓練等を実施している。液体窒素供給口でのデュワー瓶充填作業についても、装置担当者から、酸欠および床タイル破損防止の観点から液体窒素をあふれさせないよう充填中立ち会うこと、凍傷防止の観点から皮手袋を使用することを口頭で指導していた。呼吸用保護具についても、実験室内に5分用、廊下には30分用の酸素呼吸器が備え付けてあった。
原因
(1) 液体窒素充填作業中の立ち会いが指導されていたにもかかわらず、被災者が小実験室を離れたこと。(2) 酸素欠乏の危険性に対する認識が不十分であったこと。
(3) 液体窒素の供給装置の安全化が不十分であったこと。
対策
(1) 液体窒素のデュワー瓶への充填作業について、安全な作業手順の遵守の徹底を図ること。(2) 酸素欠乏の危険性のある作業について、法定の特別教育に準じた教育を実施し、酸素欠乏が生じたときの退避方法、酸素呼吸器の取り扱い等について関係作業者に周知の徹底を図ること。
(3) 液体窒素の供給口にオーバーフロー防止装置等自動停止装置を設けること等により、装置の本質的安全化を図ること。