酸化チタン製造工場における硫化水素中毒
業種 | その他 | |||||
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事業場規模 | − | |||||
機械設備・有害物質の種類(起因物) | 有害物 | |||||
災害の種類(事故の型) | 有害物等との接触 | |||||
建設業のみ | 工事の種類 | その他の建設工事 | ||||
災害の種類 | 中毒 | |||||
被害者数 |
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発生要因(物) | ||||||
発生要因(人) | ||||||
発生要因(管理) |
No.820
発生状況
A化学は、従業員400名の酸化チタンを製造する事業場であり、C社は従業員5名のA化学の二次下請として、A化学のへどろやシックナーの清掃等の作業を請負っていた。シックナーの清掃については、通常工場の定期修理の時期に合わせ年1回行っているが、今回の作業は定期修理の時期とは別に行われた。
これは、腐触防止のためシックナーの内張りとして使われている塩化ビニル樹脂の一部が削り取られていることが分かり、その原因が多量に貯った残渣によるものと考えられたためである。
災害発生当日の作業は次のようなものであった。当日午前中にシックナーへの原材料送給をまず止め、シックナーの上蓋の点検口を全て開放したうえで、
[1] 水中ポンプによるシックナーの上澄み液の回収
[2] 固定ポンプによるシックナーの底部残渣の抜き出し
の作業を夕方6時頃まで行った。
その後、シックナー内の酸素濃度をA化学の従業員が測定したところ、特に異常はなくシックナー内に降りるためのはしごを取り付けた。
午後8時前に、C社の従業員甲他2名がシックナー内に入った。このときの3名の服装は、つなぎの作業服に胴長靴をはき、上にカッパを着、ゴム手袋をし、風防つきヘルメットを着用し、口には普通のガーゼマスクをしていた。
シックナー内には、中心部で残渣が約70cm、中心から2.5m離れた所で約40cmの残渣が堆積していた。
3名がはしごを降りてシックナー内に入って約30秒後、甲がシックナー中心部の穴から残渣を突いて落とすために、最初にスコップで残渣を突いたとたん甲は意識が遠のき、その場に仰向けに倒れた。
原因
(1) シックナーの残渣内に硫化水素が発生していたこと。図3によって分かるように、硫酸塩が存在していると、硫酸還元菌により硫化水素が発生する。
シックナーの残渣内にも製造工程上硫酸塩が存在するために、硫酸還元菌により硫化水素が発生し、それが残渣内に滞留していたと考えられる。
この残渣を甲がスコップで突いたために、滞留していた硫化水素が一時に空気中に出たもので、このときの硫化水素濃度は、数百ppmであったと推定される。
なお、その後硫化水素発生についての再現実験を行ったところ、図2及び表のとおりであった。
表の[1]〜[3]は残渣上の空気中の硫化水素濃度を、また、[4][5]は残渣をスコップで突いた後の空気中の硫化水素濃度を測定したもので、明らかに[4][5]における硫化水素濃度の方が、[1]〜[3]の硫化水素濃度より高いことが分かる。
(2) 酸素濃度測定はしていたが、硫化水素濃度測定をしていなかったこと。
なお、本事例のように、作業によって硫化水素が空気中に出てくるような場合には、作業前の測定だけでは不十分である。
(3) 作業前、作業中の継続的換気を実施していなかったこと。
(4) 第二種酸素欠乏危険作業主任者技能講習を修了した者を作業主任者として選任していなかったこと。
(5) 酸素欠乏危険作業を行った3名に対する酸素欠乏危険作業の特別教育を実施していなかったこと。
(6) 発注者等の硫化水素発生に対する認識不足。
製造工程における様々な危険については、当該製造事業者が最も熟知しているので、事業場内での作業を下請事業者に請負わせる際には、その危険について下請事業者及び作業者に十分周知させる必要がある。
本件災害の原因となった硫化水素の発生については、図3のように、硫化水素発生が予想されるにもかかわらず、製造事業者が硫化水素発生の危険を予見できなかった。
そのため、下請事業者も硫化水素の危険を予見できず、必要な対策を取らずに作業を行ってしまったこと。
対策
(1) 硫化水素発生のおそれのある場所については、清掃等の作業を行う前に必ず硫化水素濃度の測定を実施すること。なお、本件災害のように、硫化水素が作業をすることによって発生するような場合には、事前に残渣をかく拌し、残渣中の硫化水素を追い出し、換気をした後に再度硫化水素濃度を測定することが必要である。
なお、作業中に硫化水素が発生するおそれがある場合には継続的な硫化水素濃度測定を行うこと。
酸素濃度測定についても同様に実施すること。
(2) 酸素欠乏及び硫化水素発生のおそれのある場所については、作業開始前に換気を実施し、酸素濃度を18%以上に、また硫化水素濃度については10ppm以下にすること。
残渣がある場合は、残渣中の硫化水素を、外からの高圧水流等により事前に十分かく拌した後、再度換気を実施するとともに、作業中も継続的に換気を実施すること。
(3) 作業中に酸素欠乏空気あるいは硫化水素が発生するおそれがある場合は、ガーゼマスクはもちろん、防毒マスクもほとんど効果がないので、空気呼吸器等を使用して作業を行うこと。
(4) 硫化水素発生のおそれのある酸素欠乏危険作業については、第2種酸素欠乏危険作業主任者技能講習を修了している者のうちから作業主任者を選任し、作業方法の決定、酸素濃度・硫化水素濃度の測定等の職務を行わせること。
(5) 酸素欠乏危険作業に従事する者に対して、酸素欠乏症及び硫化水素中毒防止に関する特別教育を実施すること。
(6) 酸素欠乏症及び硫化水素中毒の発生のおそれのある箇所を、その発生メカニズムを十分に理解すること等により、事前に予知すること。
また、危険箇所については、その旨を表示するとともに、下請会社等も含めた関係作業者に十分周知すること。
(7) 以上の対策等について作業標準書を作成し、その周知を関係者に十分図るとともに実際の作業の際には作業標準書に基づく作業を徹底すること。