この災害は、建売分譲住宅の建築工事において、建物の足場の解体作業中に発生したものである。
この分譲住宅は、鉄道沿線の繊維工場跡地に全部で24棟の木造住宅を建設する予定で開始され、災害発生時点では鉄道に隣接する部分の6棟がほぼ立ち上がり、うち3棟については、足場の解体が終り、残りの3棟が解体待ちで内装工事も並行して行われていた。
工事の請負関係は、建売住宅の販売主で元方事業者でもあるA社からB社が足場の組み立て・解体を請け負い、B社は通常足場の組み立て・解体を発注している下請け業者のなかから当日の足場の解体工事をC親方に発注した。
災害発生当日、午前7時に被害者とともにB社に顔を出したC親方は、B社から2箇所の足場解体を行うよう指示され、B社から賃貸しているトラックで最初の現場へ向い、そこでの作業を終えて解体した資材をB社の倉庫に運び込んだ。
そこで、改めてもう一つの建築現場の2棟の足場解体を指示され、被害者とともに現場に向かった。その現場は、B社からは少し離れた場所ではあったが、当日は1時間程降った雨の関係もあり、道路が特に込み合っていて現場に到着したときには午後6時を過ぎていた。なお、現場に到着したときには、雨はあがっていた。
現場の到着が遅れてしまったが、真夏のことでもあり、親方は1棟分の足場の解体は可能と考え、被害者と解体作業に着手した。
(この時、同じ建物では内装工事は行われていなかった。)
解体作業の順序は、まず、鉄道線路側に掛けられていた5枚のメッシュシートを外すことから始められ二人で無事終えた。
この作業中に親方は、屋根の真上に鉄道の信号線が通っているのに気がついたが、高圧電線とは知らず特に気にも止めなかった。
続いて、火打ち(足場頂上隅に斜め水平に設けられた補強のための単管)を外すことになり、被害者が足場外側から部材を伝って二階屋根に上った。
この時、雨のため屋根は滑りやすい状況だったので、親方は経験の浅い被害者では無理だと判断し、「俺がやるわ」と声をかけて交代した。
まず、北側の火打ちの単管(長さ5メートル、径5センチメートル)を取り外し、「行くぞー」と声をかけてから足場上にいた被害者に手渡すため単管を少しづつ送り出した。この時、親方からは被害者の姿は見えず、単管を受け取ろうとしている手だけが見えていた。
被害者が、単管の端をつかみ「持った」と合図した途端、親方は全身がビリビリとしたショックを感じ、目の前が真っ白になって意識を失った。
しばらくして親方は意識を取り戻し、自分が屋根上でうずくまるような格好で気絶していたことが分かった。(この時、手が痛かったが我慢はできた。)
直ぐに、被害者の名前を呼んだが、返事がないので、足場から下へ降りていくと、単管を受け取ろうとした足場の位置から約5メートル下の地面に被害者が倒れて意識を失っていた。その時、物音を聞きつけて隣の建物の中で内装工事をしていた作業員や近所の主婦が来て、救急車を呼んでくれたが、すでに死亡していた。
この作業を行っていたときの二人の服装は、ヘルメットを着用し、Tシャツとニッカズボン、手にはゴム手袋(感電防止機能は無いもの。)、地下足袋であったが、事故当時は雨に濡れた足場上を移動し、メッシュシートの巻き上げ作業等を行った後なので手袋も地下足袋もぐっしょりと濡れており、また、体には大量の汗をかいていた。
なお、災害が発生した時刻(午後6時50分頃)には、鉄道会社の電力指令所では、配電異常をモニターが検知し、同時に漏電しゃ断器が作動して検知した区間が停電となったが、直後には予備電源に切り替わった。(鉄道の信号線の電圧は6,600ボルトであった。)
被害者の死因は、感電であり、左右の手に電流斑、顔面に裂傷、腹部と四肢に表皮剥離があった。
また、鉄道の信号線と単管には顕著な焼跡があった。