この災害は、鋼橋を手延機による桁送り出し工法で架設する作業中に発生したものである。
送り出し作業は次の要領で行うこととしていた。
作業開始前に各部署において設備等の点検・作業準備をする。
作業準備が終了したら名部署の責任者は無線で総指揮者であるAに「準備完了」の連絡をする。
部署からの「作業準備完了」の連絡を受けAは、ジャッキ操作者に「スタート」と言い、送り出し開始の指示をする。
送り出し開始の指示を受けたジャッキ操作者は「スタート」と言いながら語尾の「ト」で送り出しの操作ボタンを押す。
相手方のジャッキ操作者は有線で送り出し開姶の連絡を受け、Aの指示を受けたジャッキ操作者と同様「スタート」の「ト」で送り出しの操作ボタンを押す。その後、送り出しジャッキの全ストロークである約1m送り出しすると安全弁が作動するので、「ストロークダウン」とAに告げ、Aは無線で各部署の責任者に「ストロークダウン」と伝えて、送り出し作業を終える。
送り出しを終えたら、橋台PA2側の橋桁と橋脚P5側の手延機の重量を垂直ジャッキ(PA2側:上・下流側に各1台。計2台、P5側:上・下流側に各1台。計2台)で受け、PA2側、P5側の送り出しジャッキ(PA2側:上・下流側に各1台。計2台、P5側:上・下流側に各1台。計2台)のシリンダーを元に引き戻す。
上記の要領で送り出し作業が行われ、災害発生2日前までに、手延機がP5の上部に組まれた仮設台に到達した。また、前日の午前は、PA2側の下流側送り出しジャッキが設置された場所の地盤が沈下したため、1回の送り出しが50cm程度となった。このため、午前10時頃には送り出し作業を中止し、地盤の上に敷いた鉄板とH形鋼材との間に鉄板等を入れ、上・下流の両送り出しジャッキのレベル調整作業が行われた。午後には、地盤の沈下も治まり、送り出しも順調に行われ、同日は14回の送り出しで約15.6m進み、送り出しステップの「ステップ15」まで送り出すことができた。
災害発生当日、ミーテングが終り、午前8時30分頃現場についた労働者等は持ち場の設備の点検、送り出し作業の準備を行い、午前8時45分頃に当日1回目(通算76回目)の送り出しを始めた。このとき、前日までPA2側で総指揮をしていた現場代理人のAは「この工法が始めてなので手延機の送り出し状況を見ておきたかった」ので、P5側で指揮することとした。
1、2回目ともいつものように約1mずつ送り出したが、1回目の送り出しが終わったときP5の手延機が約20mm上流側に芯ずれ(手延機の芯と垂直ジャッキ(上・下流側各1台。計2台)の芯の位置ずれ)が出たので、送り出しジャッキ(上・下流側各1台。計2台)を上流側に約20mm移動した。同2回目にも約15mm上流側に芯ずれが出たので、同様に送りジャッキの位置を上流側に移動し、送り出し作業を行った。
Aは、P5の作業足場の下流側で送り出しの指示をしていたが、前2回の送り出しで生じた芯ずれは送り出しジャッキのストローク量の違いによるものではないか、と考え、送り出しジャッキを見にP5上部に組まれた上流側と下流側のサンドルの間に行った。そこで、上・下流側(各1台。計2台)の送り出しジャッキの量を見ていたがストローク量に差がないので、そのままP5作業足場の江刺側の位置(手延機の下:被災場所)でPA2の方を振り向き、手延機の桁と送り出しジャッキの芯が一致していることを確認しようとした。すると、上流側のジャッキがユニバーサルの部分から上で上流側に傾斜していたので、下流側も見たら同様に上流側に傾斜していたため「おかしいな」と思っていたとき、同じP5のPA2側の方から「止めろ」と言う声がしたので、Aは「ストップ」と何回か叫んだ。
このため、P5の上流側でジャッキを操作していたオペレーターは、「ストップ」と言いながら送り出しジャッキの送り停止ボタンを押した。また、有線での「ストップ」の声を聞いたPA2側のCも同様に送り出しジャッキの送り停止ボタンを押し、ようやく送り出しが停止した。
P5の上流側のジャッキ操作位置でPA2側を見ていたDは突然轟音がしたのでその方を見ると、手延機がそれを仮設していたサンドルに落下したのが見えたので、「誰か挟まったのではないか」と思いサンドルの間に行った。すると、Aが送り出しジャッキと手延機との間に挟まれ、Bは首から血を流して作業床の所に座っているように見えた。その後、Bは20日後に脳浮腫のため死亡し、Aは腰椎骨折で約30日入院・治療した。