この災害は、半導体集積回路(LSI)製造工場の製品検査部門の分析室において発生したものである。
分析室においては、製品の品質管理、製品の異常の有無を検査するため、製品として完成したLSIのモールディング(エポキシ樹脂)を溶解・除去する作業(開封作業という)や回路に使用された金、アルミニュウム被覆を除去する作業(エッチング作業、王水処理という)をドラフトチャンバー(室内に3台ある)の中で行なっており、例えば、エッチング作業は、次の順序で行なわれる。
[1] ドラフトチャンバーIの作業台の電熱ヒーターの上にりん酸が入った蒸発皿を載せ、100~110℃に過熱した後、専用のフレームにハンダで固定したLSIをりん酸液の中に入れ、モールディングを溶解する。
-溶解に使用したりん酸は、作業台に設けられた漏斗を利用し、チャンバーIの下に置かれた酸類の廃液貯蔵容器(約10l)に一時貯蔵する。-
[2] モールディングの溶解が終わったLSIを冷却用硝酸に浸漬した後、ドラフトチャンバーIの中にある水道水で洗浄する。
[3] 水洗の終わったLSIをメチルエチルケトン(商品名ブタノン)とともに、ガラス製のビーカー(深さ7cm 径6cm)に入れ、ドラフトチャンバーIIで超音波洗浄する。
-洗浄に使用したメチルエチルケトンは、ドラフトチャンバーIIの作業台に置かれているブタノン廃液ビン(500cc)に廃棄する。-
なお、開封作業は、LSIのモールディングを硝酸で溶解するもので、使用する設備、手順はエッチング作業とほぼ同じである。
分析室内での作業は、原則として会社の職員Aが担当となっているが、会社が指名した他の部所の職員、及び関連会社の品質管理を担当する者も随時室内に立ち入り、開封作業等を行なうことができることになっている。
災害発生当日、午前9時頃、分析担当である職員Aが分析室に入り作業の準備を始めた。
それから5分程して、前日から王水作業を行なっている職員Bが入室し、前日に引き続いてドラフトチャンバーI、IIで作業を行なった。(この時チャンバーIの下の酸類の廃液貯蔵容器には前日の廃液が約200cc残っていた。)
さらに、15分程して、関連会社の職員Cが職員Aにエッチング作業を依頼するため入室し、そのままAの作業を見学するため、分析室に留まっていた。
AがドラフトチャンバーIでエッチング作業を開始した後、A、B、Cは喫煙のため室外に出た。
喫煙が終わり3人は再入室し、AとCは試料の被覆の状況を顕微鏡で確認、その時職員Dが来て、CとDが写真撮影のためLSIを品質管理部の分析室に持って行くことになった。
写真撮影に行く前に、関連会社のCは、次に行なう開封作業の準備とAが使用していた機材の片づけを行ない、最後に、分析室内に放置してあった洗浄用のメチルエチルケトンの残り(約30cc)をドラフトチャンバーIの酸類廃棄用の漏斗に投入した。
すると、漏斗から空気、続いてオレンジ色の煙が噴き出し、その直後に酸類廃棄用容器及びこれを格納している箱(アクリル製)が破壊され、容器内の硝酸を中心とした酸類の混合液が室内に飛散した。
そのため、室内にいた職員A、B、Dと関連会社のCがこれを浴び化学熱傷の被害を受け、また、室内で開封作業を行なっていた職員Eと分析室に隣接している物流控室にいて災害の発生を知り室内の者を室外に誘導しようとして入室した関連会社のFが急性気管支炎の被害を受けた。