この災害は、農地造成工事で造成した農地から出る白濁水の処理装置の改善工事中に発生したものであるが、その原因としては、次のようなことが考えられる。
 災害発生後約16時間経過した時点で、中和槽に残っていた汚水をかき混ぜて硫化水素濃度を測定したところ、28PPMの数値が計測された。
 災害当日の温度は、平均で10℃であり、この温度における硫化水素の発生量は15mg/lと考えられ、この数値を利用してタンク内の汚水から発生している当時の硫化水素の量を計算すると、15mg/l×8,238l(タンク内の汚水量:推定)=123.57gとなる。
 硫化水素の分子量は、34であるから容積に換算すると、123.57g×22.4/34=81.4lとなり、したがってタンク内の硫化水素の濃度は0.081m3/5,666m3(災害発生時のタンク内の想定気積)×1,000,000=14,300PPMとなる。
 災害発生時には、この濃度よりも薄かったと考えて1/10としても1,430PPMとなり、1,000PPMを超えると人間は昏倒、呼吸停止し、死亡すると言われていることから、被災者AおよびBは硫化水素中毒で死亡したものと推定され、また、救助に向かった被害者Bが即死の状態であることから実際にはもっと高い濃度であったことも伺える。
 ところで、沈澱槽タンクの中に入ったときには異常がなく、中和槽の場合に何故硫化水素が発生したかであるが、汚水の処理に使用されている薬品は硫酸、苛性ソーダ、凝縮剤、粉末(PAC)であり、これらの化学反応によって硫化水素が発生することは考え難い。
 沈澱槽と中和槽の違いは、沈澱槽の汚水には前処理で水酸化ナトリウムが加えられアルカリ性になっているのに対し、中和槽では硫酸を加えて汚水を中和させていることから中性になっており、かつ、換気が不十分であることから酸還元菌等が繁殖する環境になって硫化水素が発生したものと推定される。
 なお、このようなタンクにおいては、酸素欠乏の危険性もあるが、タンク内の汚水が排出されたことによりタンク内に外気が入り込んでいることから、酸素欠乏による死亡とは考え難い。
 さらに、この災害を詳細に検討すると、次のような災害要因が考えられる。
〈不安全な状態〉
(1) タンク内の換気を行なわなかったこと。
(2) タンク内に有害なガスが発生していたこと。
(3) タンク内の酸素濃度等を測定せずにタンク内に入ったこと。
〈不安全な行動〉
(1) 硫化水素が発生しやすいものをタンク内に入れていること。
(2) 作業の際防毒マスク等を使用していないこと。
(3) 硫化水素中毒の危険がある場所に入ったこと。
〈人(Man)〉
(1) タンク内が危険有害であるとの認識がなかったこと。
(2) 沈澱槽での作業で異常がなかったので中和槽でも多分大丈夫と考えたこと。
〈機械・設備(Machine)〉
(1) タンクに硫化水素濃度の自動測定装置等が設置されていないこと。
〈作業方法・環境(Media)〉
(1) タンク内の有害性についての情報がなかったこと。
(2) 硫化水素濃度等を測定しないでタンク内作業を行なったこと。
〈管理(Management)〉
(1) 事業場の安全衛生管理体制が整備されていなかったこと。
(2) タンク内作業の安全マニュアルがなかったこと。
(3) タンク内作業についての教育訓練が不十分であったこと。