この災害は、ビルメンテナンス会社の電気の専門家である被害者が、常駐はしてはいないものの、自分が担当する区域のホテルの電気室において感電死したものであり、災害時の直接の目撃者はいないが、災害原因としては次のようなことが考えられる。
 災害が発生する30分程前に被害者は、ホテルに常駐していてボイラーの運転等を行なっている者に「電気設備の埃を払う」と言っているところから、他の者が立ち入らないよう隔離している電気室内に入り、自ら竹の棒の先に合成繊維の布端を取り付けた「はたき」を用いて各種電気機器に積もっていた埃を取り除いているうち、露出している高圧(6,000ボルト)の充電部に接近しすぎて感電したと考えられる。
 災害発生後の被害者の状況は、頭部、顔面、上半身等は重度の火傷、左手及び右手に電流斑、下半身には所見なしとなっていること、断路器の刃を固定している金具が溶断されていること、フレームパイプに黒く焦げた跡があること等から断路器の刃部から強烈なアークを伴った高圧電流が被害者の右手から左手へ抜け、さらに断路器を支持しているフレームパイプを通じて大地へ抜けて行った推定される。
 ところで、被害者は、第三種の電気主任技術者であり、電気の専門家でありながら何故電気室の金網の外から操作できる高圧回路遮断器を操作せずに電気室内に入ったかであるが、隣接するボイラー等は稼動を停止して整備していたため電気室の電源も遮断したものと錯覚したこと、普段はこのホテルの担当ではなく金網の外から目視する程度のことであったことから電気室内の実態に詳しくなかったこと、「はたき」に使用した竹が一般的には絶縁体であると言われるため安全であると錯覚したこと等があげられるが、日頃ホテルに常駐する同社の職員に電気室への立ち入りを厳禁していた電気の専門家としては誠に不可解な作業を行なったものである。
 また、被害者は、気管支喘息の持病があり、2年前には発作が起き気管切開の手術の受け、当日も吸入器を所持していたことから、埃を取り除いているうちにその埃を吸入し咳き込んだ拍子に体のバランスを失い、高圧の充電部分に接近しすぎたとも考えられるが、定かではない。
 当日の作業は、ホテルを休業しての全館の点検整備ではあったが、電気設備については契約書にも記入がなく、このホテルの電気主任技術者からも特段の指示も受けていなかったことから、日頃の巡視あるいは前日からのボイラー整備作業等の確認の際にあまりにも埃が堆積していたので、つい取り除こうと考えたのではないかとも推定される。
 このホテルの電気設備の機器の交換、オイルの交換、絶縁抵抗の測定等は、他の業者が行なっており、自主点検は担当の電気主任技術者が実施していたが10年以上前からの記録はなかった。
 なお、災害発生後、現場に駆けつけた他社のボイラー整備担当の技術員が、救出のため電気室内に飛び込もうとしたのを「高圧で危険があるから」と制止したのは賢明な措置であり、二次災害の防止ができた。
 さらに、発生原因を詳細に検討すると、次のような要因が考えられる。
〈不安全な状態〉
(1) 高圧充電部分の防護を行なわなかったこと。
(2) 使用する保護具を指定していないこと。
(3) 作業手順を誤ったこと。
〈不安全な行動〉
(1) 絶縁用保護具を使用していないこと。
(2) 高圧充電部に接近したこと。
〈人(Man)〉
(1) 無意識に電気室に入ったこと。
(2) 電気室に入る前に、高圧電気回路を遮断しなかったこと。
(3) 高圧電気回路が遮断されていると勘違いしたこと。
〈機械・設備(Machine)〉
(1) 高圧充電部が防護されているタイプの電気機器となっていないこと。
(2) 高圧充電部を防護していなかったこと。
〈作業方法・環境(Media)〉
(1) 当日の作業の範囲等の指示が明確でなかったこと。
(2) 電気室内での作業姿勢、作業動作が適切でなかったこと。
(3) 電気室内での作業方法が適切でなかったこと。
〈管理(Management)〉
(1) 電気室の管理者の指名が、他所に常駐する者であったこと。
(2) 電気室内での清掃作業マニュアル等が定められていなかったこと。
(3) 電気の専門家ではあったが再教育等を実施していなかったこと。