この災害の直接原因は、漏洩エックス検査を実施するに当たり、フェイルセイフ機構を解除して、エックス線発生装置の線源部の管球を覆っていたシャッターを取り外すため、エックス線照射経路に右手を入れて被爆したことによるものである。
 エックス線は、電離放射線障害防止規則で規制対象にされている有害エネルギー(電磁波)であり、被爆条件によっては、各種臓器の障害が発生することが知られている。皮膚局所に対して、あるレベル以上の線量のエックス線被爆(外部被爆)を受けると、急性又は亜急性期の影響としての放射線皮膚障害あるいは晩発性の重篤障害としての皮膚がんが発生する。本件の被爆事故では、数秒の間に吸収線量で45〜135Gy(グレイ)、皮膚の70μm線量当量で70〜210mSv(シーベルト)レベルのエックス線による外部被爆を皮膚局所(右手手掌及び手指)に受けて放射線皮膚障害が起こったものと考えられる。
<参考>
ICRP(国際放射線防護委員会)基準:
 タングステン(W=原子番号74)ターゲットから10cmの場所で、電圧50kV、電流の強さ1mAの照射線量は1分間当たり最大2000R(レントゲン)
本件被爆事故:
 銅(Cu=原子番号29)ターゲットから10cmの場所で、電圧50kV、電流の強さ200mAの照射線量は1秒間当たり2000(R)×200(mA)×
 1/60×29/74=2612.6
 約2600R
 被爆推定時間2〜6秒間における照射線量
 =5200〜15600R
 空気吸収線量に換算すると
 約45〜135Gy
 皮膚の組織線量当量に換算すると
 約70〜210mSv
 この漏洩エックス線検査はエックス線発生装置メーカーの完成時検査として行ったものであるが、この検査はユーザー段階の操作と異なり、フェイルセイフ機構を解除して行わなければならないため危険度が高い作業である。従って、操作時における防護措置上の一般的な留意事項にとどまらず、シャッターのトラブル発生時の作業基準(シャッターの取外し手順など)、漏洩エックス線検査作業標準(シャッター閉のとき及びシャッター開のときの漏洩エックス線の確認をするための作業標準)が必要であるが、これらが定められていなかったために被爆事故が生じたと考えられる。
 また、間接的な原因としては、多項目の専門的な検査に注意を注がねばならなかったため、エックス線の危険性の認識が薄れて不安全行動に至ったことが考えられる。
 さらに、発生原因を詳細に検討すると、次のようなことが考えられる。
〈不安全な状態〉
 作業手順に誤りがあった。すなわち、エックス線発生装置の線源部の管球を覆っていたシャッターを取り外す際に、高圧電源を切らないでエックス線照射経路に右手を入れた。
〈不安全な行動〉
 有害エネルギー(電磁波)を発生する場所に防護なしで近づいた。
〈人的要因〉
(1) 危険感覚
 危険感覚が薄れていた。多項目の専門的な検査に注意を注がねばならなかったことがその主原因と考えられる。
(2) 省略行為
 過去にエックス線被爆事故の経験がなかったため、シャッター取外しの手順中電源OFFの基本動作を省略した。
〈機械・設備的要因〉
 作業の標準化が不足していた。シャッターのトラブル発生時の作業基準(シャッターの取外し手順など)、漏洩エックス線検査作業標準(シャッター閉のとき及びシャッター開のときの漏洩エックス線の確認をするための作業標準)が必要であったのに、これら非定常作業についての標準化がなされていなかった。
〈作業方法・環境の要因〉
(1) 作業情報の不適切
 作業情報が不足していたため、個人の判断で危険な作業を安易に実施した。
(2) 作業方法の不適切
 「シャッター開」のときの危険作業における個人防護措置、エックス線の測定方法、漏洩エックス線量が大きい場合の作業方法が不適切であった。
〈管理面の要因〉
(1) 安全衛生管理体制の不備
 下記(2)、(3)に掲げる問題があり、安全衛生委員会の運営、ライン管理者の日常の安全衛生管理活動に改善の余地がある。
(2) 作業手順の不備、不徹底
 非定常作業に関する作業の標準化の未整備、決められた作業手順の不徹底が認められている。
(3) 安全衛生教育不足
 放射線業務従事者に対する安全衛生教育訓練(特に再教育)が不十分である。