この災害の直接原因は、暑熱な場所で長時間作業を行ったことに前日風邪を引いていたための体調不良などが重なって、生理機能に破綻をきたしたことによるものである。
職場における熱中症は、高温度条件のもとで長時間作業を続けると、体温調節作用が障害されて放熱ができなくなり、体内に熱が蓄積して体温が上昇し、うつ熱状態となり発症する。発症の主因は、高温、換気不良などの作業環境条件、重筋労働、長時間作業などの作業条件及び服装条件が上述した身体的影響を強めることであり、肥満、循環器障害、胃腸障害、疲労、睡眠不足などの作業者の身体的条件及び水分補給不足、栄養不良などの生活習慣がこれを助長する副因となるといわれている。
本例では、外気温の高い夏場で、しかも鉛溶解炉の輻射熱が加わった高温職場で、午前3時間、午後3時間計6時間にわたって「ドロス取り(鉛インゴット表面の滓除去作業)」「20kgの鉛インゴットを製品置場に運搬する作業」及び「休息」を組合わせた作業を繰り返し行ったことが主因、前日風邪を引いていたこと及び肥満などの身体条件が副因となって熱中症が発生したものと考えられる。
また、間接的な原因としては、健康教育の不足、健康管理の不良などが挙げられる。
さらに、発生原因を詳細に検討すると次のようなことが考えられる。
〈不安全な状態〉
作業環境の欠陥として、作業場の温度が高すぎる点が指摘される。
災害発生当日の事業場所在地付近における気象条件は、天候は晴れ、最高気温38.2℃、1日平均気温30.8℃、1日平均湿度70.2%、南の風1.2mとの気象観測結果のとおり猛暑であった。また、容量5トンの重油炊き鉛溶解炉及び溶解鉛からの放熱も加わるため、工場建屋に全体換気装置として設置している4基の換気扇と作業場内の工業用扇風機は稼働していたが、災害発生10日後の8月4日午前中に実測した鉛溶解炉稼働中の工場内の温度は乾球温度で32〜43℃を示しており、当該作業場は著しく暑熱な場所であった。
〈人的要因〉
(1) 肥満による身体機能の低下
肥満は高温下では循環機能や水分代謝などに悪影響を及ぼすので、肥満者は高温職場における重筋作業には不適といわれている。
(当人は、身長156cm、体重80.0kgであり、災害発生の1年前に比して5kg体重が増加している。日本肥満学会による標準体重=(身長m)2×22=53.5kgの1.50倍で(標準体重の1.20倍以上が肥満体重)、著しい肥満体であった。)
(2) 疾病による生理的影響
前日風邪をひいていたことによる体調不良が、体温調節作用を阻害した原因の一つに挙げられる。
(3) その他の生理的原因
水分の補給不足が考えられる。
夏場の溶解炉付近における重筋作業では1日に相当量の発汗(3〜10l)があるが、水分補給が7〜8割以下であると生理機能を阻害するといわれている。
(本例では、太り過ぎを気にして、作業中水分を摂るのを控えていたという。)
なお、循環器障害、胃腸障害、疲労、睡眠不足、塩分やビタミン補給などの情報については不詳である。
〈作業方法・環境要因〉
(1) 作業情報の不足
高温に対する個人防護の情報が不足していた。
肥満、風邪などの健康障害のある者は高温職場での重筋作業は不適であること及びその対応策、適切な水分と塩分の補給方法などに関する具体的で実施可能な作業情報が提供されていない。
(2) 作業方法の不適切
重量物の運搬を手作業でさせていること。また、この筋労作を要する作業に休息を組合わせているが、適切な休息・休憩のとり方(時間の長さ、場所など)について具体的に示されていない。
(3) 作業環境条件の不良
輻射熱の遮断、休憩室の冷房、作業者に対するスポットクーリング措置が講じられていないほか、工場内の換気不足も考えられる。
〈管理的要因〉
健康教育の不足、健康管理の不良が認められる。